脱出ゲーム「忘れていいよ」開発日誌:優しさに触れると泣ける、あの不思議な感覚を求めて
DEVELOPMENT LOG 01
個人で脱出ゲームを開発しています。
タイトルは『忘れていいよ』。
7月末のリリースを目指して、いま必死に制作を進めているところです。
この記事は、その開発日誌の第1号として、「なぜこのゲームを作ろうと思ったのか」を正直に綴ります。
この記事でわかること
- 「優しさに触れると泣ける」体験をゲームで表現する理由
- タイトル「忘れていいよ」に込めた、優しい自虐と多層的な意味
- 個人開発で直面している正直な壁と、その先にある制作者の想い
「優しさに触れると、なぜか泣ける」という感覚をゲームに
うまく言葉にできないのですが、誰かの優しさに触れたとき、なぜか涙がこみ上げてくることってありませんか?
悲しいわけではないのに、むしろ温かい気持ちになるのに、ふっと涙が出てしまう。
あの不思議な感覚が、僕はずっと好きで、大切にしたいと思っていました。
このゲームで僕が目指しているのは、まさにその体験です。
プレイヤーに、誰かの優しさを感じてほしい。
そして謎を解ききって「クリアした」という充実感も一緒に持ち帰ってほしい。
心の琴線に触れる体験と、やりきった達成感。
その2つを脱出ゲームという形で同時に届けられたら。
そんな想いを込めて作っています。
タイトル「忘れていいよ」に隠された優しいねじれ
ここが、このゲームの心臓部と言えるかもしれません。
「忘れていいよ」という言葉は、一見するととても優しいですよね。
「もう気にしなくていいよ」「前を向いていいよ」と、相手を解放するような響きがあります。
しかし、この言葉をゲーム中で語りかけるのは「幽霊側」なんです。
そして、この「忘れていいよ」には、すごく自虐的で、だけど愛おしい優しさが混ざっています。
口では「忘れていいよ」と言いながら、本当は、忘れてほしくない。
そのささやかな“わがままさ”が、僕にはどうしようもなく愛おしいと感じられるんです。
可愛らしい、とすら思う。
優しさのふりをした、控えめな執着。
しかも皮肉なことに、その言葉を受け取った主人公は、むしろ余計に忘れられなくなる。
「忘れていいよ」と言われたからこそ、忘れられない記憶になる。
この二重三重のねじれが、作っていて本当にワクワクします。
優しさとわがまま、解放と執着が、たった一つの言葉の中に同居している。
それを謎解きの体験を通して、プレイヤーにじわっと感じてもらえたら最高だなと願っています。
脱出ゲーム開発、いま直面している壁
開発の現実的な悩みも正直に書いておきます。
同じように個人開発をしている方には、ここが一番リアルに響くかもしれません。
- 3Dアセットをどう用意するか ― オブジェクトの調達・制作は、個人開発の永遠の課題ですね。
- リリースに間に合うか ― 7月末という締め切りは、正直けっこうギリギリです。
ここまでは「個人開発あるある」な悩みなんですが、実は一番怖いのは、技術的なことでも納期でもなくて、別の不安です。
これ、本当に面白いの? ちゃんと泣けるの?
これが、作っている自分でもよく分からない。
自分の中の「いい」という感覚を信じて作ってはいるものの、それが他の人に届くのか。
独りよがりになっていないか。
この漠然とした不安は、たぶんリリースの瞬間まで消えないのだろうなと思っています。
完璧じゃなくていい。
分からなくても、進もう
もしあなたも何かを作っていて、僕と同じように「これ、本当に面白いかな……」という不安を抱えているなら。
その悩み、一緒に抱えながら、それでも人生を楽しんでいきましょう。
やー、結局それに尽きるなと。
完璧じゃなくていい。
分からないまま進んでいい。
もしかしたら、それも含めて「忘れていいよ」なのかもしれません。
開発の進捗は、これからもこのブログで少しずつ記録していきます。
よかったら、また制作の途中を覗きに来てください。
